長野・泰阜村-ずっと住み続けたい-
「新婦人しんぶん」7/22号のトップ記事に「この村でずっと住み続けたいから」”お互い様の暮らしをご一緒に”と、いう見出しが目を引いた。長野県の長野市と豊橋を結ぶJR飯田線の松本(松本大本営のあったところ)と豊橋の中間地点に位置する山間の小さな「泰阜村(やすおかむら)」。駅は飯田駅が近い。
7/11投開票された第22回参議院選挙は、議席数では民主党の大敗と自民党とみんなの党の議席増となった。この3つの政党の共通点は、「憲法改正(改悪)」と「消費税増税」、そして「保守」という点である。国民から多くの議席を託された政党が与野党を問わず真剣にいまの貧困の解決に向けて財界・大企業やアメリカ政府の要求する「年次改革要望書」、IMF(国際通貨基金)の「要望書」にはっきりと「NO!」を示す気概をもってほしいのだが、消費税の増税なくして財政再建はないと、大企業と大金持ち優遇税制や米軍への思いやり予算や防衛費は膨らむ一方で、見直しはまったくしないという財政検討では、期待もできない。
なぜ、こんなことを前置きしたかというと、いまの貧困や過疎化は政治が意図的に政策としてつくりだした結果であり、それを「財政再建だ」「消費税だ」「法人税を安くしないと企業が外国へ逃げる」「地域主権」「税源移譲」「小さな政府」「地方分権」とまあ、ありとあらゆることを並べて、結論的には、自分のことは自分で、という「自己責任論」、地域の事は地域でしろという「地域責任論」がますますひどくなっている。が、こんな中で、地方で頑張っている人たちがいるのも事実。
島根県の出雲地方「湯野津」吉田屋旅館のメンバーと山口県萩あたりで活動している若者グループ「維新の会」の活動はわりとよく知られているが、今回新婦人しんぶんで取り上げられた泰阜村(人口2000人)の取り組みは、地域住民の力で高齢者の心の寂しさを克服し尊厳を保ちながら支えあい、ともに生きる新しい共同体づくりとして注目すべきものがあると述べている。
新聞記事を読みながら、「なるほど」と思った次第。村の真ん中に「地域交流センター悠々」と高齢者共同住宅「悠々長屋」をつくって、地域の人たちがみんなで協力して支えあって施設運営をしている。高齢者自身のボランティアもある。この村の人たちは、年老いてもこの村で住み続けたいと願い、多くの人たちの協力でそれが実現している。
他団体の新聞なので、記事全体をこのブログで紹介できないが、こうした取り組みは、民主党や自民党のいう「自己責任」論に基づいてはいない。自発的取り組みとしてやっているからみんなが明るい表情なのだろうと思う。限界集落問題もある中で、生まれ育った地域をどう守り再生させるか、自治体の存在意義、国家という概念にかかわる課題でもある。いいかげん新自由主義と構造改革の亡霊と決別すべきときではないか。