11年10月
月間記事のまとめ
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あま市の「人権尊重のまちづくり条例」への意見
愛知地域人権連合甚目寺支部
あま市は、「人権尊重のまちづくり条例」を12月議会に提出し、制定しようとしています。この条例案には「人権」の名のもとに市が市民の発言や行動を押さえかねないなどの大きな問題を含んでいます。
市の考える「人権」は差別問題へのすりかえ
人権とは、国という大きな権力をもっているものが、国民に対して権利の侵害をしてきたという過去の歴史の教訓から、国民がもっている自由権、平等権、生存権や社会権などの諸権利の具体的内容を拡充させ発展させてきたものです。しかし、あま市で今提案されようとしている「条例」の人権にたいする考え方は「差別や偏見」を中心にすえ、人権問題を差別問題に限定するきわめて特異な人権のとらえかたとなっています。
人権問題を市民相互の権利の衝突のように描くことは、人権問題の正しい解決の道をそらしかねません。このことは基本的人権の考えから大きく横道へそれるものです。
市民と事業者に「責務」として行政の施策を押しっけるもの
条例案では市民と事業者に市の「人権施策に協力するよう努めるものとする」と定め、「責務」規定を設けることによって、市民と事業者には、市が実施する人権施策への全面的協力が促され、市が考える「人権」という一つの価値観を押しつけようとしています。憲法は、基本的人権を保障するとしてあり、国や行政が厳格に守らなければならないものとしています。
市民への罰則や住民同士を監視させるしくみに?
市民の人権意識の向上を図るには、市民の自主的な学習活動、ボランティア活動などが必要です。住民の自主的な活動などを支援する条件整備を積極的に充実させる施策の展開が重要です。条例案は、市民一人ひとりの心の問題にすりかえ、市の施策に協力させ、市長はその協力度をチェックし公表するものとなっています。条例案では、条例施行に関し市民の目のふれないところで、他県にあるように罰則規定を設けたり、住民同士を監視させるしくみをつくろうとしているのでしょうか。
条例案は、人権施策などを検討するために「審議会」の設置を規定しています。しかし、委員の選出の基準が定められておらず、多様な意見、異なった意見が反映できる民主主義の原則にそくしていません。とかく「審議会」などは当局の意向にそった人びとが委員に選出されることが多く、「人権」という問題を論議するためには委員選出の原則を明確にしていくべきです。
同和問題の解決に逆行する同和行政継続に他ならない
この「人権尊重のまちづくり条例案」は、西日本の自治体で制定されている「人権尊重のまちづくり条例」などと基本的な考え方及び内容がほぼ同一のものとなっています。条例のねらいが「同和行政をあらためてしっかりと位置づけて推進していく」=自治体での同和行政の継続ということにあります。
我が国の総理大臣はなぜこうもアメリカに頭があがらないのか。ずいぶん昔し「ノーと言えない日本人」という本が話題になったことがあるが、いまなお日本の総理は、その体質をひきずっているようだ。中曽根以来、ホットラインを通じて、「首相外交」がすすみ、なんでもかんでもアメリカが言いだす前にお膳立てをするどこかの省の高級官僚や、財界の声には耳を「ダンボ」にしていると言われてもしかたのない日本外交の弱さというか危うい「もろさ」。
そんな中で、野田総理もやっぱり「TPP」参加をやる意向を示している。けっきょく既成事実として、「とにかくやってしまえ」、そうすれば、後はなんとかなるとでも思っているのではないか。
地方の県は、こうしたもとで、早くも農業のブランド力を高める、そのために大規模集積農法を様々なプランや計画として具体的に浮上させてきているようだ。原発問題もしかりである。国破れて山河あり、、、こんなことにはならないようにしなくてはならない。