人権擁護法案 議論本格化へ

 http://www3.nhk.or.jp/news/2008/01/11/k20080111000092.html

自民党の古賀選挙対策委員長や二階総務会長らが会談し、差別や虐待など、人権にかかわる被害の救済を目的とした「人権擁護法案」について、来週18日に召集される通常国会への提出を目指して党の人権問題調査会で議論を本格化 させることを確認しました。

人権擁護法案をめぐっては、自民党の古賀選挙対策委員長や二階総務会長らが、政府提案の形で3年前の通常国会に提出することを目指しましたが、党内から 「人権侵害の定義が明確ではなく、法律が乱用されるおそれがある」などと反対する意見が出て見送られました。この法案の取り扱いをめぐって、11日、古賀氏や二階氏に加え、党の人権問題調査会の会長を務める太田元総務庁長官らが意見を交わし、来週18日に召集される通常国会への提出を目指して今月中旬以降、人権問題調査会を週に1回のペースで開き、議論を本格化させることを確認しました。

そのうえで、党内に依然として法案に反対する意見があることに配慮して、ていねいな議論を行って、党内の合意を得ていくことで一致しました。
 

「人権擁護法案」再提案の動き
抜本的見直しを関係国会議員等に要請
   全国人権連事務局長・新井直樹

1,法案推進と牽制の動き


10月28日付「産経新聞」は、「人権擁護法案提出の動き再燃 法相が強い意欲」と報道しました。人権擁護法案は2002年3月に参議院先議で法務委員会に提案され、3度の継続審議を経て03年10月衆院解散に伴って廃案になっています。
 鳩山法務大臣は10月24日の衆院法務委員会では「さまざまな問題点をクリアできる方法を考え、人権擁護法案は国会に再提出したいと考えている。日本に人権擁護法案がないというのは実に情けないことではないか」と自民党議員(鳩山法相の元秘書)の質問に答弁。
19日の同委員会では「国会への再提出を目指すべきだが、与党内にもさまざまな議論があることから、真摯(しんし)に検討を進める」と所信を述べるにとどまっていました。
 「産経新聞」によれば、鳩山氏は周辺に「自民党が人権擁護法案を通せば、選挙にも有利だ」と漏らしているという。これに連動するかのように「自民党内の人権擁護法推進派が水面下で再提出へと動き出している」と同党関係者が指摘しているとも報道しています。
 鳩山氏が描く具体的な議論再開の時期や法案の修正内容は不透明です。鳩山氏の「意欲」に対し自民党内では「新たな人権侵害を生む可能性をはらんだ法案には賛成できない」(中堅)と早くも警戒感が広がっている、と「産経新聞」は指摘しています。
 05年には、自民党の現選挙対策委員長を座長とする与党の「人権問題等に関する懇話会」(与党懇)が中心となって修正案を提示しましたが、法務省の外局に新設する中央人権委員会に令状なしの強大な調査権を与えることへの批判は収まらず提出を断念、郵政解散へと進み、自民党内異論派が落選・無所属(復党)に追いやられています。
 与党懇は昨年(06年)8月にも、あいまいとなっている人権侵害の定義に「違法性」を加える修正を検討しましたが、9月に法案反対派の安倍晋三前首相が政権トップの座に就くと、党内には前首相の思いを忖度(そんたく)する空気が強まり、法案を議論する党人権問題等調査会の会長ポスト自体が空席となり、中川昭一政調預かりとしました。
 ところが9月末に福田政権が発足してから事態は急展開し、党役員には推進派の古賀誠氏と二階俊博総務会長が名を連ね、11月初めには党人権問題等調査会の会長ポストに太田誠一元総務庁長官が就き、推進派の体制が整いました。
 一方、自民党若手議員の「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美衆院議員)は11月6日、党本部で会合を開き、政府が来年の通常国会に再提出を検討している人権擁護法案に反対していく方針を決めています。会合には稲田氏ら11人が出席。法務省担当者が同法案の趣旨や経緯などを説明。出席者からは「人権侵害の定義があいまいだ」「人権委員会の権限が強すぎる」など批判の声が相次ぎ、今後も勉強会を続けていくことになったようです。
 このように、自民党内の推進派と異論派双方の動きが顕著になっています。しかし、自民党関係委員会及び法務省幹部に「ねじれ」が存在し、一方、参議院では民主党が第1党という事態が、法案の行く末を不透明にしています。

2,提案断念の要請行動
 法務省人権擁護局の山上総務課長等(救済課長、啓発課長も同席)に対し、国民の基本的人権、言論表現の自由を抑圧する、現行「人権擁護法案」の抜本的見直しを11月12日に要請。
省は「見直し」の到達について明らかにしませんでしたが、近々の国会に再提案できる状況ではないと返答がありました。全国人権連の代表は、「人権や差別の定義があいまいで、恣意的運用が生じかねず、国民の人権が守られない」「どのように見直しを行うのか、あらたな検討機関を鳥取のように設けるのか、開かれた見直しを求める」など、強く要請をしました。
 11月13日午前には、関係国会議員への要請行動が展開されました。
  要請文の要約は次の通りです。
 2003年に3度の継続審議を経て廃案になって以降、05年、06年と、与党「人権問題等に関する懇話会」が中心になって法案の修正、国会上程の動きがありました。
 しかし、多くの国民をはじめマスコミ、与野党の国会議員等からも、「修正」で済む代物ではなく、審議会答申にこだわらず制度設計の根本からの見直しが必要と指摘され、国会上程には至っていません。
 全解連当時、人権擁護推進審議会の意見陳述では、司法制度の充実、「人権」「差別」等の名のもとに言論・表現や取材活動の自由を規制し「差別糾弾闘争」の合法化につながる法律は必要ないこと、中立・公正な人権擁護委員の選任と委員会の民主化等を主張してきました。
  一方、「人権擁護法案」の自治体版「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例」は、10月18日に見直し検討委員会が意見をとりまとめ、「人権問題を広く対象とし、かつ準司法的に取り扱う現条例は十分に機能せず、弊害も多く適切な運用が期待できない」と、事実上、条例廃止を指摘しました。
 「人権擁護法案」についても、鳥取条例と同様、人権侵害の実情の再把握と現行法規等による救済の状況などを、あらためて見直し検討することが、誠意ある対応というものです。与党・政府おいては通常国会への人権擁護法案の再提出を断念し、国民の期待にかなう人権擁護の体制を、あらためて検討し直されることを強く要請するものです。

3,あらためて問題点を指摘する
法案が廃案となったのは、①人権委員会を法務省の外局とするなど国際的人権基準ともいうべき「パリ原則」とは異なり、公権力からの独立性の保証がないとの国内外から強い批判を受けたこと、②公権力と社会的権力による人権侵害を事実上除外するものとなっており、最も必要性の高い救済ができないと指摘されたこと、③報道によるプライバシー侵害を特別救済手続きの対象としており、表現・報道の自由と国民の知る権利を奪うことになるとして報道界から強い反対を受けたこと、④「人権」や「差別」についての明確な規定なしに、「差別的言動」を「特別救済手続」として規制の対象としたことが、国民の言論表現活動への抑圧であり憲法に抵触する、ものだったからです。
 特に「矢田事件」の判例をみれば「差別」の立件は容易でないことがわかります。
 1969年3月、大阪市教組東南支部の役員(書記次長)選挙に立候補した木下浄氏の挨拶文の内容が問題とされました。同挨拶文は、「労働時間は守られていますか」の問いかけで始まり、「自宅研修のため午後4時頃に学校を出ることができますか。仕事に追いまくられて、勤務時間外の仕事を押し付けられていませんか」と続き、「進学のことや、同和のことなどで、どうしても遅くなること、教育懇談会などで遅くなることはあきらめなければならないでしょうか。また、どうしてもやりたい仕事をもやめなければならないのでしょうか」で結ばれていました。
 「解同」は、玉石氏ら推薦人3人を解放会館に連行し、深夜に及ぶ激しい糾弾集会を開きました。挨拶文を「日共の差別問題認識水準を示すもの」として槍玉に挙げ、「教師の苦しみの原因が部落解放運動にあるとする差別文書だ」、「部落差別を宣伝し、部落解放運動に反対し、教師の古い意識を同和教育に反対する基盤として結集することを訴えている」として自己批判を迫ったものです。
 1975年6月3日、刑事裁判での大阪地裁一審判決は、「挨拶状は結果的に差別を助長する内容を包含するもの」と認定し、「差別に対する法的救済の道に乏しい現状では、被告人の行為は、未だ可罰的評価に値するものとは認め難く云々」、つまり「木下挨拶状は差別的であり、被告人の行為は刑事罰を科すほどではない」として無罪判決を言い渡しました。
 1979年10月30日、「配転取り消し請求」をめぐる民事裁判での大阪地裁一審判決は、立候補挨拶状は「役員選挙に際して、組合員に労働条件の改善の訴え、あるいは、市教委の教育行政を批判するためである」と判断し、「同和問題の解決を阻害するおそれがある」との市教委の主張を斥けました。「特定の思想なり運動方針に固執するものが、右のような考えを採用するときは……容易に反対意見を封ずる手段として利用され、同和問題の解決に対する自由な批判・討論が不活発となり、右問題に対する開かれた自由な雰囲気がなくなって、ついには一定の考え、思想が独善に落ち込み、反対の理論ないし思想の存在、更にはその考えや思想に同調する人々の存在をも許さないという結果に陥ることになる」と判決しました。
 1981年3月の刑事裁判2審での大阪高裁の判決は、挨拶状が差別文書であること、ある程度の厳しい糾弾も是認されることを容認します。但し、「手段、方法が限度を越えている」、「結論として監禁にあたる」として逆転有罪判決を言い渡し、解同矢田支部長は懲役3月、執行猶予1年を言い渡しました。
 1982年3月、最高裁は矢田事件刑事2審の大坂高裁判決を支持する判決を下し、被告らの有罪が確定しました。
 1986年10月26日、民事裁判2審で、大阪高裁が矢田事件1審判決を支持。「解同」側の有罪が確定しました。
 このように司法でも判定が分かれるほどで、慎重な対応が求められる問題です。
 判定が困難な「差別」「人権侵害」等の認定を、法案第3条の差別禁止条項により、「差別的言動」「差別助長行為」などとして人権委員会が勧告、公表、差し止め、訴訟援助、過料を伴う制裁ができるとすることは司法権を侵害する違法性があり、「差別」「人権侵害」などの名のもとに国民の内心にまで踏み込む危険性があります。
 よって、何が「差別」かの定義を示さず、またその内容や基準もない法案は欠陥法です。多岐にわたり問題はありますが、ひとつに、言論表現を対象とすることの問題性が明白であることから、韓国と同様に平等権侵害を対象にすること、何が「差別」かの具体的行為を示すことが「抜本修正」に値するものです。

4,「法案の根幹」とされること
05年、自民党の合同部会(法務部会と人権問題等調査会)内や真の人権擁護を考える懇談会(会長・平沼赳夫、座長・古屋圭司、顧問・安倍晋三等)は、法務省・与党懇(与党人権問題懇話会)と「修正」の可能性を求めて議論を行ってきた経緯があります。しかし、「法案の根幹」(法務省6月2日回答)に係わる部分について、「対応不可」との回答により、「協議」が打ち切られています。
 「真の人権を考える懇談会」は05年7月17日に次の声明を発表しました。
 「去る4月5日に『真の人権を考える懇談会』を設立し、爾来累次にわたり政府が提出を予定している『人権擁護法案』について、あらゆる角度から検討を重ねてきた。さらには、政調会長はもとより法務省関係者や与党人権懇談会の主要メンバーとも意見交換を行った。
 その結果、われわれとしては、現行人権擁護法案は様々な問題を抱えており、仮に本法案がこのまま国会に提出され、成立・施行されてしまうと迅速に救済が図られるべき者が救済されないおそれがあるばかりか、逆に新たな人権侵害すら発生してしまう懸念が払拭されていない。
 我々『真の人権を考える懇談会』は、不当な差別など人権侵害は絶対に許されるものではなく、当会の名称のとおり、真の擁護法案は徹底的になされなければならないことについては人後に落ちない。
 『人権』は、国民生活に密接にかかわる時柄であるので、人権侵害の実情を十分に把握の上、真の人権擁護を実現するための制度作りに向け、今後とも真摯に取り組んでいく決意である。
 この人権擁護法案を、党内部会の議論が尽くされていない現状で、強力な手法で押し通すならば、コンセンサス形成を尊ぶ我が党が党の良き伝統的ルールは完全に破壊され、自民党の歴史に重大な汚点を残すことになりかねない。我々は、ここに強く慎重なる対応を求めるものである」と。
 古賀、平沼両氏は7月13日に協議したが、公明党が反対している国籍条項の導入を古賀氏が拒否。協議は物別れに終わり、与謝野馨政調会長に法案の扱いが委ねられていました。
 自民党「真の人権擁護を考える懇談会」設立趣意書では、「3年前の議論と同様、『メディア規制』のみがクローズアップされ、この法案の根幹的な問題が議論されることがなかった。しかしこれらの疑念が払拭されるまで、本法案を国会に提出すべきではない。(中略)。むしろ我々は、まずADR(裁判外代理制度)や現行人権擁護委員の権能強化など、司法制度改革を徹底的に進め、本当の人権侵害を受けた弱者が迅速、安価かつ簡便な救済制度を充実していくべきであると考える」とも指摘していました。
 この点は、全解連当時に審議会で意見陳述した内容と重なるものです。

5,「解同」の差別禁止法要求
「解同」は、人権擁護推進審議会第35回会議(1999年12月14日)で、「今後の基本課題」として「差別の禁止、少なくとも人種差別撤廃条約を踏まえた「差別禁止法(仮称)」の制定が必要」「このような差別禁止法がなければ、たとえ国内人権機関が設置されたとしても、何が差別であり何が人権侵害かが不明確なため、効果的な調査や調停を行うことはできません」と審議会の求めに応じて陳述していました。
 私たちは、この「差別禁止法」の制定を求める意見に対し、国民内部の問題を解決するとした場合の「差別」のとらえ方や構成要件、「差別行為」を明示することの困難性、さらに現刑法とのかねあい等、検討すべき事項が多くあること、また近年、虐待防止、ストーカー規制法、DV防止法などが制定されてきているもとで基本的には個別法の改善をすすめること、そして公権力や企業などの社会的権力による差別を禁止するための法制度については、例えば性差による賃金格差の改善や障害者雇用の義務づけなど雇用者罰則の強化を行うことが必要だと主張し、行政機関が司法の領域に介入することに反対を表明しました。
 韓国では、「国家人権委員会法」(公布2001年5月24日、法律第6481号、施行2001年11月25日)が制定されています。
 「第一章 総則 第一条(目的)この法律は、人間の尊厳及び価値、不可侵の基本的人権を保護し、人権の水準を向上させる国家の義務を果たすことにより民主的基本秩序を正しく立て直すのに寄与するために国家人権委員会を設置し、その組織及び運営に関して定めることを目的とする。第二条(定義)この法律で「人権」とは、憲法、大韓民国が加入・批准した国際条約及び国際慣習法及び法律によりすべての人が有する自由及び権利をいう」と、人権の保護を国家の義務として規定し、人権の定義も国際法に依拠することを明確にしています。
 日本の人権擁護法案は、「差別」「不当」「人権」「虐待」についてきちんと定義せず、 法務省は「解同」が私人間の差別禁止を主張したことを逆手にとり、「人権」を韓国の人権委員会法のように国際条約に則って規定せず、「不当」という曖昧な表現で私人間の問題に踏み込み裁定しようというものです。「被害者救済」をいいつつそこに限定した仕組みを取らず「事前予防」と称して「啓発」で対応するのでなく、出版差し止め・訴訟援助までおこなう、強権的機関の誕生が企てられているのです。

6,「抜本的見直し」を
 「解同」が中心となって推進している「法案」であるから同和がらみ法案かと見られかねませんが、実際はもっと恐い内容で、いわゆるマスコミが取材すること、報道することを、そこで生じた「人権侵害」を理由に出版の差し止めや、事前検閲もできます。当事者である記者が質問に応じなければ過料として30万円の罰金を課し、氏名の公表までできるという、内容です。
 新自由主義というトヨタなどの多国籍企業の利益を優先し、市場主義と応益主義の徹底による政治経済社会へ「構造改革」を進めるために、憲法・教育基本法の改悪を行う、その大きな流れを加速・定着するために、「人権擁護法」を制定し、マスコミを黙らせ管理してしまう、国民の言論も「差別的言動」と称して非常勤国家公務員になる人権擁護委員を使って管理・介入を行う。ここに権力の意図があり、この法案の根本的で最大の問題があります。
 憲法改悪を許さない闘いと結んで、この間積み上げてきた成果を生かし、言論表現抑圧の人権擁護法案再提案反対・廃案を進めるものです。(07年11月16日)