2012年2月21日
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自 由 法 曹 団

http://www.jlaf.jp/html/menu2/2012/20120221182438.html
はじめに
法務省政務三役は、2011年8月2日、「新たな人権救済機関の設置について(基本方針)」を発表し、その後2011年12月15日に「人権委員会の設置等に関する検討中の法案の概要」(以下、「法案の概要」という)を発表して、法務省が検討してきた国内人権機関設置に関する法案の骨子を示した。
国内人権機関は、政府から独立して国内の人権問題に関わり人権擁護の推進を図る機関であり、1993年に国連で採択されたパリ原則に基づき、国連機関及び条約機関から日本に対し、これを設置するよう再三勧告が行われている。私たち自由法曹団も、公権力による人権侵害を救済できる、政府から独立した国内人権機関が設置されるのであれば歓迎するものである。
しかしながら、「法案の概要」で示された国内人権救済機関(「法案の概要」では「人権委員会」と呼称されている。以下、同様に「人権委員会」という。)には、以下のような見過ごせない問題点がある。私たちは、以下のとおり問題点を指摘し、法案の修正を求めるものである。
1 差別助長行為を対象とすることは断じて許されない
「法案の概要」では、救済対象行為として、「人権侵害」の他に、「差別助長行為」を挙げている。しかし、「差別助長行為」を救済対象行為とすることは断じて許されない。
まず第1に、「差別助長行為」とは何か、その定義を明確にすることは不可能である。助長という言葉の国語的意味は明確であっても、具体的にどのような行為が助長にあたるのか、を考えた場合、その範囲は漠然としており、助長行為とそうでない行為との限界は不明確である。助長であるか助長でないかは、その判断者次第で、如何様にも解釈されるおそれのある文言である。
第2に、そのような行為該当性が不明確な概念を救済対行為とすると、人権委員会は「差別助長行為」があったから救済せよとの申立を受けることによって、「差別助長行為」か否かの判断に苦慮することになろう。何が「差別助長行為」なのか限界線を引けない以上、申立人がある行為を「差別助長行為」と強く主張してくるとき、人権委員会はそれを否定する術がない、否定するとしてもそれが「差別助長行為」ではないという根拠を一義的に提示することができず、「差別助長行為」か否かの論争に終止符を
打つことができない。その結果、「差別助長行為」の認定は、極めて申立人の主張に依拠してなされる危険性があり、人権委員会は、主体的に人権侵害行為に対する救済活動をすすめることに障害を抱えることになろう。人権救済機関としての本質が徐々に変質していく可能性すらあるといっても過言ではない。
したがって、「差別助長行為」は救済対象行為から必ずや除くべきである。

2 「人権侵害」の定義に関して「不当な差別、虐待その他の」という例示を設けてはならない。
「法案の概要」では、「人権侵害」に「不当な差別、虐待」という例示を設けている。しかし、「不当な差別、虐待」は人権侵害を代表するような中心的な人権侵害行為ではなく、例示とするには不適格である。
さらに、逆に、「不当な差別、虐待」を例示することによって、人権侵害が「不当な差別、虐待」及びそれに類するものであると限定的に矮小化されて解釈されるおそれがある。
したがって、「不当な差別、虐待」という例示は必ずや除くべきである。

3 「人権侵害」の定義として、「司法手続においても違法と評価される行為」をあげるべきではない。「人権侵害」の定義は、
「憲法、国際法、法令等に反する行為」とすべきである。
「法案の概要」が「司法手続きにおいても違法と評価される行為」としたのは、人権侵害の定義がいたずらに拡大するのを防ぎたい、過去の判例の集積などを参考として、人権侵害の定義を明確にしたいとの意図があるものと善解することができる。
しかし、「司法手続きにおいても違法」とした場合、たとえば、行為自体は人権侵害行為に該当するとの心証がある場合であっても、時効や除斥期間の経過で訴訟法上は人権侵害行為が認められない場合は人権委員会による救済の対象にならないのか、との疑義を招く。また、訴訟においては人権侵害行為と認定するには証拠が不十分である場合には、人権委員会においても救済の対象にはならないのか、との疑義を招く。このように人権委員会という行政的手続きの定義規定に「司法手続き」を持ち込むことは、
無用な混乱を招くだけでなく、定義として不用意である。
また、日本の国内人権状況については、国際人権規約の規約人権委員会の勧告など、国際条約上改善を求められている事項もあり、日本の司法手続きにおいては違法とされないものであっても、規約人権委員会がより積極的に対応し、人権救済を先進的にすすめていくべき分野も存在する。むしろ国内の司法手続きを尽くしてもなお違法とされなかった問題について、規約違反を理由に救済される事例がうまれることも期待したいし、また、国内法が国際人権規約委員会により不適法とされ、それまで違法でな
いとされてきたものが、国内法の整備に先立って、違法に転ずる事例も期待したい。
したがって、「司法手続きにおいても違法と評価される行為」などと限定すべきではない。「憲法、国際法、法令等に反する行為」とすべきであり、かつ、それで必要にして十分である。

4 人権委員会の組織についての問題点
(1)人権委員会は内閣府に設置すべきである。
「法案の概要」では、人権委員会を「法務省の外局」とし、国家行政組織法3条2項の3条委員会として設置するとしている。「法案の概要」は、人権委員会の組織は、人事については国会の同意を得た上で内閣総理大臣が任命するものであり、予算についても委員会に配分権があるので、独立性が保たれるとの考えに出ているのであろう。
しかしながら、法務省の外局として設置されるのであれば、法務省内での人事異動がされるなど、法務省との人的組織的密接性をぬぐい去ることはできない。刑務所、拘置所及び入国管理局など、法務省が管轄する機関は、身体拘束を伴う密室性ゆえに、残念ながら人権侵害多発地帯である。そうした法務省管轄機関における人権侵害行為に対して、法務省の外局たる委員会が、どれだけ実効的な救済行為ができるかは、疑問である。また、そのような疑義を招くことは、人権委員会への信頼性を揺らがせるものである。人権委員会が人権救済機関として実効性のあるものとして産み出し、機能させるためには、組織上の脆弱性を有してはならない。従って、人権委員会は内閣府に設置すべきである。

(2)人権委員会の地方組織を充実させるべきである。
「法案の概要」では人権委員会の地方組織の事務局の事務を法務局長・地方法務局長に委任するとしている。
かかる案は、人権委員会の地方事務を包括的に法務省傘下の法務局・地方法務局に委任するというものであり、公権力、特に法務省管轄機関による人権侵害事件に対する対処への実効性の観点から問題がある。また、従前の人権擁護委員会制度の枠組みをどの程度超えることができるのか疑問なしとしない。
したがって、人権委員会の地方組織を国家機関の地方組織に委任するのではなく、独立行政委員会の地方組織として、独自の地方職員を充実させ、人権委員会自らが地方組織の事務を行うようにするべきである。

おわりに
真に国民の人権救済に寄与する人権救済機関の設置を求める
以上のように、「法案の概要」に示された人権委員会には救済対象行為の範囲、定義及び組織の点で大きな問題がある。私たち自由法曹団は、以上指摘した点について「法案の概要」に反対し、その修正を求める。
そして、真に国民の人権救済に寄与する人権救済機関が設置されることを求める
以上