全国人権連の発足から全国幹事となっていただいた、元患者の差別解消を訴えたハンセン病原告団協議会長の谺雄二さんが肺がんのため、5月11日、群馬県草津町の国立療養所栗生楽泉園で82歳で永眠されました。

慎んで哀悼の意を表します。

谺さんは7歳のときに発病し、1939年に全生病院(現・国立療養所多摩全生園、東京都東村山市)に入所。1951年から栗生楽泉園に移りました。1907年から90年間も続いた国の強制隔離政策を違憲だと訴え全国各地で提訴されたハンセン病訴訟の原告団でつくる全国原告団連絡協議会の会長を務められました。2001年の熊本地裁判決は、国策の誤りを断罪、原告の全面勝利となりました。

谺さんが「終わるまで死ねない」と語っていた第10回ハンセン病市民学会総会・交流集会」の開催中の逝去となりました。

「思い出の会(通夜)」は12日午後6時から、告別式は13日午前9時30分から、いずれも栗生楽泉園中央会館で営まれます。後日、「偲ぶ会」を計画しているとのことです。